政治は「悪さ加減の選択」なのか?
どもども。
政治家って、良い人ばかりじゃないですよね。まあ当たり前ですけども。
そんな政治界隈で言われる言葉があって「政治は悪さ加減の選択だ」という言葉です。これは本当にそうなのか?東京都知事選を例に私なりにお話します。
東京都知事選が告示となり、様々な人がが立候補しています。今回は過去最多らしいですね。ホリエモンは出ませんでしたが…
それで、どんな人が出てるかざっくり言うと…
現職:小池百合子、無所属:宇都宮健児、日本第一:桜井誠、N国党:立花孝志、令和新撰:山本太郎、無所属:小野泰輔…etc
まあ他にも沢山出ていますが、話題に挙がっているのはここら辺の人でしょう。さあ、みなさん誰に入れますか?って言われても難しい質問だと思います(笑)
公約達成(ほぼ)0の人だったり、なんかパッとしないおじいちゃんだったり、急進的で見方を変えると自己中な感じの人だったり…これだけ見ると「悪さ加減の選択」というのは正しいなという印象です。
ただ、本当にそうなのでしょうか?
確かに、ぱっと見ると悪さ加減の選択です。しかし、自分の持ってる考え全てを満足させる政策出してる人って絶対いないわけです。だって、自分を満足させられるのは自分だけなのですから。その中でも、自分に一番合っている政治家を選ぶというのが本当の選び方なのではないかと思います。
一言に「悪さ加減の選択だ」と言うことは出来ず、見方や考え方の問題だと思います。見方を変えれば「出来るだけ良いものを選ぶ」という視点にもなると思います。
そして、このような「悪さ加減の選択だ」という考え方は、政治に対する悪いイメージにつながると思います。ただでさえ政治と経済を意地汚い物だという考えを持つ人が多い日本ですから、悪い言い方をすればするほど政治から人は離れていくでしょう…私はそうなって欲しくないので、どちらかというと良い意味に捉えたいと思います。
それではー「再见!」