あの日のことを ~私ができることはなんだろう~
どもども。
本当は今日だけ話すっていうことはしたくないのですが…でも今日だからこそ話そうと思えるのでお話したいと思います。
9年前の今日。私はまだ小学四年生でした。
当時私は学校があり、帰りの会の前の時間でした。
そして、その時が来たのです。
恐らくそのクラスで一番最初に私が地震に気づきました。
「先生、揺れてません?」
「あ、確かに…」
その会話はよく覚えています。そして、徐々に大きくなる揺れ、本棚から落ちる本、机の中から落ちる教科書、ガタガタと音を立てる窓…
知識のなかった私は、ただ恐怖心しかありませんでした。
その後、親が迎えに来てくれて家に帰りました。
当時は私も親もおかしかったのでしょう…途中のパン屋でパンを1斤買ったのを覚えています。たった三人家族なのに…その時は本気で食料が無くなると思っていました。
そして、帰り道。携帯ラジオで初めて聞いた「津波」という言葉。それが何かも知りませんでした。あんなことになっているとも知らずに…
家に帰ると真っ暗でした。私が住んでいるところでは長い間停電していました。その日は車の中で一晩過ごしたのを覚えています。
コンビナートから炎があがり、津波で家などが流され、数え切れないくらいの緊急地震速報が鳴り…
あの日は通常の精神状態ではなかった。本当にそう思いました。
だって、今では怖がる緊急地震速報に慣れてしまったのですから。
それからあの日のことを忘れぬまま今に至ります。
私ができることは、本当に小さい事ですが、募金程度です。
周りに東北の知り合いもおらず、ボランティア等にも簡単に参加できないところに住んでいる…出来ることは本当に募金くらいなのです。
でも、それは今だからこそのこと。
これから私の周りには東日本大震災を知らない人が増えてくると思います。それこそ私が講師をしている塾の生徒は当時のことをよく知らない人もいます。
これから私はそのような人に伝えていかないといけません。
東北のことだけではない…そこから離れた東京やその近辺で起こったこと。そして、日本人の本物の「助け合い」の精神を。普段の備えがいかに大切かということを。
それらが私が出来る小さなことです。
なんだか、みんなが言ってるような普通の事だな…と思ったかもしれません。でも、それでいいと思います。それをみんながやること。それこそが大切だと私は思います。
それでは「再见!」